1周年
zao's blog を開設して1年が経ちました。これまでブログを続けてこれたのも、皆さんのおかげだと感謝しております。最近は最も力をいれていたコンピュータ関連の記事も少なくなってしまいアクセス数が減少しておりますが、気落ちせず今後もがんばっていきます。5年・10年と続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
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私の勤める会社にコンビニでフリーターをしていた人が入社してきました。一応、地元では有名な大学を卒業しているのですが、声が小さな今時の若者といった感じで心やさしい可愛げのある奴です。所属している部署は同じなのですが、その中で3班に別れているので別の班に配属されました。その班で退職者が出たために、その仕事を引き継ぐはめになってしまいました。専門知識が必要な仕事なのですが、その班の直属上司が知識よりも仕事に慣らすのを優先させています。それでなくとも慣れない道で地図を見ながら取引先に訪問していて疲れているというのに、毎日夜の10時過ぎまで残業させて前任者の残した残務処理をさせています。私も心配なので昼頃に食事をしたかとか、休憩を取っているか電話でよく話します。でも先週中頃から電話での会話の内容に変化がでてきました。会社や直属上司への批判が…、長い時など10分も続く位にまで…。私にはどうしてあげることもできないので、電話で愚痴を聞いてあげることしか出来ません。私自身も所属長と相性が悪く、もうすぐ辞職しようと思っています。出世や評価が良くなる可能性は皆無だから。会社的にも将来性がまったくありません。私は転職組なので軽く見られている傾向があるので、意見などを言える立場にはありません。若い子を育てるということを適正に行えないダメな会社、安月給で業績も落下しっぱなし、親会社からの無理なノルマ、その親会社から出向してきている無能な管理職・役員達。年内に私も含め、ベテラン・若手が辞めます。残るのは嘱託の人と、定年間近の数人と嫌われ者の所属長とその所属長と仲のいい仲間達、出向してきている人達。今年に入ってすでに3人の退職者、今後は辞める人間が出るたびに芋づる式に辞職者が出るようになっています。私もある人の後に辞めるつもりです。
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今日は第二次世界大戦(大東亜戦争)の終戦記念日でありますが、私にとっては2004年末に亡くなった父の誕生日のほうが浸透しています。よく父に「誕生日が終戦記念日と同じ日だから覚えやすくていいなぁ」と言っては怒られた記憶があります。父にとっては数多くの犠牲者、そして父の生まれ故郷の東京が焼け野原になった戦争が終わったとはいえ、8月15日は嫌な日でもあり誕生日でもあるという複雑な日だったのではないかと今ではそう考えるようになりました。子供にとっては原爆投下の日(8月6日・9日)も終戦記念日(8月15日)もたまたま夏休み中にある何でもない1日ではないでしょうか。平和記念行事を行う広島や長崎に住んでいる子供達にとっては少し違うのかもしれませんが…。まあ今年で戦争が終わって62年も経つわけで戦争を知っている人達も減ってきていますし、学校の教科書で学ぶ程度の知識しか持ち合わせてない人達が増えているわけで…。最近、教科書検定で沖縄戦の内容が改訂されたばかりですが、歴史の本質を捻じ曲げることはしないでほしいと思う。でも地球上の歴史というのは時の権力者達の都合のいいように書き換えられてきました。例をあげると「島原の乱」、豊臣家の血統である天草四郎が徳川幕府に挑んだ戦であると最近の歴史学者が言い出しています。カトリック教会の総本部もキリスト教が絡んだ戦とは認定していませんし、徳川幕府によって歴史を改ざんした痕跡もあるとのこと。(あくまで一部の学者が唱える説です。私は中立という形を取らせて頂きます。)人間は進化してきたけど本質的には進歩がないようです。また同じように事実を隠すようなことをしているわけですから…。
とにかく昔の人達の努力や犠牲の上に、現在の我々の豊かな暮らしがあるのです。それを忘れたりせずに昔の人達に感謝して生きていきましょう。
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私は霊感はないと思う。しかしながら今まで過ごしてきた人生の記憶を辿っていくと、少ないながら怪奇現象を体験していたことに気付いた。最初に経験したのは小学校の修学旅行で宿泊した旅館での金縛り。特に幽霊を見たり、うめき声を聞いたといったことはなかったけど、体を動かすことができなかったという覚えがある。その時は怖くて目を開けないようにしていた。その後いつのまにか寝てしまっていたが、おそらく小一時間は苦しめられたと思う。翌朝、友人に話すと「疲れていると金縛りになることがある」と言われて相手にされなかった。他のクラスメートにも聞いてみたが、金縛りのような現象を体験した人は見つからなかった。前の晩によく眠れなかった記憶があるので疲れていただけかもしれない。あともう一つ比較的に鮮明に覚えているのは、カセットテープにダビングした曲に、この世の物とは思えない男性と思われるうめき声がはいっていたことがあった。アニメの「美味しんぼ」の初代オープニング、結城めぐみ「YOU」の1番と2番の間奏の時に「うぅ~ぅ」という声がはいっていた。レコードからテープにダビングしたものを更にテープにダビングしたものだった。ややこしいけど、レコード→テープ1(新品)→テープ2(重ね撮り)といった感じ。テープ1にはうめき声ははいっていなかった。オーディオに詳しい友人に聴かせたら前の音源が消えずに重なっただけと言われた。でも完全とは言えないが、テープ2にダビングする前に音源無しに録音ボタンを押して前の楽曲は消去していたんだけど…。後日、他のテープで実験した。もう1度、ダビングした環境の再現してみた。同じ時間帯、同じ機器の使用で試したが、うめき声なし。もうひとつ実験でテープ2から他のテープへのダビング。この実験でもうめき声はなかった。
当時の自分なりの結論はやはり心霊現象であった。
・テープ2には確かに前に他の楽曲を録音してあったが、1度消去の作業を行っていたし、録音を行う時にも再録ヘッドで録音される前に消去ヘッドにて音の消去を行っているので、前の楽曲が残っていたとは考えられない。
・検証実験でテープ2から他のテープにダビングした時にうめき声がはいらなかった事で、テープ1からテープ2にダビングした際に何らかの力が加わったと考えられる。
確信はあるんだけど、実験後に気持ち悪いからテープ2を捨ててしまったので、新たな検証ができないのが残念。
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私の中で原爆=(イコール)広島というのがあります。一般的にもそうではないでしょうか。テレビで原爆物のドラマやドキュメント番組をやる時は広島を題材にするものが多いと思います。やはり世界で初めて原爆を使用されたということが大きいのでしょうか。でも長崎は当初目標とされていた都市ではなく、小倉の天候が悪かったために目標を変更された悲劇的な都市なのです。確かに被害者数や被害額は広島の方が多かったのですが、そういうところで比べてはいけない。今後は私も考えを改めて、広島・長崎を同等に原爆の被害に遭ってしまったけど立派に復興された都市であると認識しようと思います。
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62年前になると思いますが、8月6日に広島へ原子爆弾が投下されました。私は広島へは行ったことはありません。ブルートレインで早朝、新幹線で夜に、いずれも通過したのみです。ですから歴史的に原子爆弾の悲惨さを今に伝える原爆ドームや原爆死没者慰霊碑などはテレビの画像で見ただけしかありません。一度は訪れたいと思っていますが…。最初に原爆の悲惨さを知ったのは、小学生の時に児童図書館で借りた原爆被災者の写真集を目にした時でした。その時は悲惨さを実感するというよりは、ケロイドや包帯をぐるぐる巻きになっている人、死体を積み重ねた山や建物が瓦礫と化したところの写真を怖いもの見たさや興味本位、はっきり言って面白がって見ていました。大人になった今、振り返ると反省するところが多々ありますが…。でもその行為が悪いところばかりとは言えないんです。原爆が良いものではないと気付くきっかけを与えてくれた。横須賀や佐世保に原子力空母が寄港する話を耳にした時も、周りは何とも思わない人ばかりでしたが、私は寄港を許すべきではないと子供ながらに考えたりもしていました。毎年この時期になると原爆投下のドキュメント番組やドラマなどをやりますが、時間が許せばこれらの番組も中学生くらいから視聴していました。いずれの番組を見ても原爆の悲惨さを感じ取ることができた。その中でいちばん印象に残っているのは、数年前のドキュメント番組で広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ」の操縦士を広島に招いて現地を案内してからインタビューをした時の言葉です。インタビュアが広島の一般市民十数万人を死に至らしめた原子爆弾「リトルボーイ」を投下したアメリカの退役軍人にインタビューした時に答えた言葉は「リメンバー パールハーバー」(真珠湾攻撃を忘れるな)でした。何を聞いても、聞き直してもこの言葉を繰り返すばかり、おそらく罪悪感はあるんでしょう。でも自分の犯した行為や自国の正当性を主張するために適当な言葉が出てこなかったように感じました。でも一言でも、無理ならそうとも取れるような謝罪に似た言葉が欲しかったと思いました。戦時中に非人道的な行為をしたのはお互い様かもしれないが、その規模が違います。アメリカも原爆投下についての謝罪はしていないはず、遺憾とかの言葉はあったかもしれないが…。日本は戦後から核兵器を所持することを否定してきた。でも最近は政府の重要ポストの人間でさえも公の場において軽々しく私的な意見で核の抑止力を語る人もいるが、もう少し考慮すべきではないだろうか。原爆死没者慰霊碑に刻まれた言葉を胸に刻むべきだ。
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
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