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2007年6月10日 (日)

靖国神社の改革要望

Photo_5台湾の李登輝前総統が靖国神社に参拝したのがニュースになっていました。空港でひと悶着あったらしいけど、帰国の途に着きました。私も靖国神社には思うところがあったのでこの機会にブログに書いてみようと思います。

私はアジア各国の批判の的になっている靖国神社を良く思っておらず、いっそのこと閉鎖してしまえばいいと思っていました。親戚に戦争中に出兵していた伯父(故人)が居て、どこかの海で乗っていた船が撃沈されたけど生きて帰ってきたことを自慢げに話していたけど、私が知っていたことは学校での歴史の授業やテレビなどでの当時、大本営が国民を徴兵して死を恐れずに戦わせて万一、戦死してもその御霊を靖国神社で祭ると約束して戦意を高揚させていたと理解していた。もう戦後60年も経っていることだし、靖国神社の存在価値はないと考えていた。ところがたまたま靖国神社を訪れる機会があった。靖国神社には批判的だった私だったが、実際に行ってみると霊験あらたかで神聖な場所だと感じた。参拝を済ませ境内を散策すると各地の部隊の戦友会の皆さんが植樹した木々や戦死された方々の名前が刻まれた慰霊碑が遊歩道沿いに並んでいた。それらをゆっくり見て歩いていて、それまで靖国神社を軽視していたことを恥じた。ただ一点を除いてだが。それはやはりA級戦犯が合祀されていることだ。誰がどれほどの戦争犯罪を犯して戦犯扱いになったかは知らないけど、東條英機だけは Wikipedia で調べた。個人的な見解だけど東條英機の戦争責任はかなり重い。首相であったし複数の大臣職を兼任していたし、開戦を最終的に決定したのも東條。それに戦争(戦地)で死んだわけではないので分祀すべきだ。私としては東條英機だけでも分祀してくれれば、わだかまりなく参拝できる。政府は別の追悼施設を造ろうとしているけど、それを造って何の意味があるのか。遺族の方々もそんな施設に参拝するのだろうか。結局、修学旅行の学生や観光目的の人しか参拝する人がいないんではないだろうか。そんな追悼施設なら造る意味がない。靖国神社は戦後に独立した宗教法人になっているが、A級戦犯の合祀に厚生省が絡んでいた事実が最近になってでてきた。独立した宗教法人であったにもかかわらず。そのようないらない干渉を政府直属の官庁が行ったからアジア各国に追及されることになったのだ。今こそ間違いを正してA戦犯を合祀したこと自体なかったことにするか、分祀すべきだ。それと靖国神社の合祀判定にも問題がある。強制連行された後に徴兵された朝鮮人や中国人の戦死した方々も合祀されているが、その遺族から分祀を求められているし、一部の日本人戦死者の遺族からもA級戦犯といっしょに合祀されているのが嫌という理由で分祀を求められている。靖国神社も未来永劫存続していくのであれば、そういった遺族の希望にも柔軟に対応していくことが必要ではないだろうか。

靖国神社が変わらなければ、いずれ別の追悼施設が造られてしまうだろう。でも正式な追悼施設は靖国神社であって欲しいと思う。今は靖国神社自体が頑なに唯我独尊に見えてしまうのだが、国のために遺族のためにそしてなにより戦死して合祀されている国に殉じて亡くなった方々のためにも柔軟になって存続し続け日本国で唯一の戦没者追悼施設であって欲しいと願う。

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